実家の蔵や納戸、あるいは天袋の整理をしていると、とてつもなく大きな木箱が出てくることがあります。埃を払い、重たい蓋を開けると、そこには昭和の時代に男の子の健やかな成長を願って飾られた、きらびやかで立派な「鎧(よろい)」や「兜(かぶと)」のセットが鎮座している。そんな光景に出会ったことはありませんか。
「とても立派だけれど、今のマンションにはとても飾る場所がないわよね」
「近所のリサイクルショップに電話で問い合わせたら、金属の鎧飾りは需要がないからと引き取りを断られてしまった」
遺品整理や生前整理の現場において、昭和後期に流行した大型の段飾りや、金属を多用した重厚な鎧兜の五月人形は、残念ながら中古市場ではお値段がつきにくいのが現実です。その経験から、「五月人形=売れないもの」という思い込みが広まり、価値を正しく判断することなく、まとめて処分業者に引き取りを依頼してしまう方が後を絶ちません。
しかし、その最終判断をする前に、もう一つ別の箱が残されていないか、もう一度だけ周囲を確認してみてください。
もしそこに、鎧兜のセットではなく、リアルな人間の顔を持つ「武者人形(むしゃにんぎょう)」が入っていたとしたら、それは世紀の大発見かもしれません。
特に、明治・大正・昭和初期にかけて作られた古い武者人形は、単なる節句の飾り物というカテゴリーを超越し、当代随一の人形師が技術の粋を集めて作り上げた「歴史的な彫刻作品」として、骨董の世界で数十万円、時にはそれ以上の価値がつくことがあるのです。
この記事では、数多くの骨董品を査定してきた買取のプロの視点から、価値ある「武P者人形」の驚くべき価値と特徴、そして一般的な鎧兜の飾りとの決定的な違いについて、詳しく解説していきます。
なぜ、「鎧」ではなく「顔のある人形」が高いのか?
昭和の高度経済成長期からバブル期にかけて、五月人形といえば「豪華絢爛な鎧兜の段飾り」が富と社会的地位の象Cでした。より大きく、より豪華なものを求める風潮の中で、これらの鎧兜飾りは大量に生産されました。その結果、現存数が非常に多く、希少価値がつきにくいというのが実情です。
一方で、時代を遡り、戦前までの五月人形の主流は、鎧兜そのものではなく、歴史上の英雄や伝説の人物をモチーフにした「武者人形」でした。これらは、江戸時代に流行した「生き人形(いきにんぎょう)」の超絶的な写実技術の流れを汲んでおり、まるで生きているかのようなリアルな皮膚の質感、魂が宿っているかのような鋭い眼光、そして躍動感あふれるポージングが最大の特徴です。
胡粉(ごふん)を塗り重ねて作られた肌、ガラスをはめ込んで命を吹き込まれた瞳、一本一本植えられた毛髪。その芸術性の高さは、現代のプラスチックや石膏で作られた人形とは比較になりません。そのため、国内の骨董愛好家はもちろん、海外のコレクターや美術館関係者が「日本の立体美術品」として探し求めているのです。
高額査定が期待できる「3人の英雄」と特徴
もし、木箱の中から出てきた人形が、以下に挙げる人物をモチーフにしているようであれば、それは高額査定の可能性が濃厚です。人物の特定は、その出で立ちや持ち物から判断できます。
1. 神武天皇(じんむてんのう)
長く豊かな髭を蓄え、頭には格式高い烏帽子(えぼし)をかぶり、手には弓を持っています。そして、その傍らには「金色のトビ(金鵄)」を従えているのが最も大きな特徴です。日本建国の初代天皇であり、その威厳に満ちた立ち姿は、特に明治時代に作られた武者人形の代表的なモチーフとして絶大な人気を誇ります。国家の威信を示すような、力強く精緻な作りのものが多く見られます。
2. 鍾馗(しょうき)
中国の伝説に登場する、疫病神を追い払い魔を除くとされる神様です。日本では、その力強さから端午の節句に飾られるようになりました。ギョロリとした大きな目、濃く豊かな髭、そして手には剣を持ち、時には小さな鬼を踏みつけている勇壮な姿で表現されます。その表情に迫力があればあるほど、また細部の作り込みが精緻であるほど、制作者である人形師の力量が高いとされ、評価額も高くなります。
3. 弁慶・義経・金太郎など
誰もが知る歴史上の人物や物語のヒーローたちも、人気のモチーフです。ただし、重要なのはその表情です。現代の子供向けに作られたような可愛らしいアニメ風の顔ではなく、まるで歌舞伎役者のような写実的で大人びた顔立ちをしている古いものは、単なるキャラクターグッズではなく、美術工芸品として高く評価されます。特に、義経と弁慶が五条大橋で出会う場面を再現したセットなどは、非常に価値が高い作品です。
美術品レベルかを見分ける「目」と「肌」のチェックポイント
その人形が、お土産物屋さんで売っているレベルのものなのか、あるいは美術館に飾られるレベルの美術品なのか。それを見分けるための重要なポイントは「顔」の作りに集約されています。
1. ガラスの目(玉眼)が使われているか
人形の顔を、様々な角度からよく見てください。目が単に絵の具で描かれているのではなく、内側から輝くような、ガラスや水晶の玉がはめ込まれた「玉眼(ぎょくがん)」になっていませんか?玉眼が使われていると、光を当てた時にキラリと反射し、まるで生きているかのようなリアリティと生命感が生まれます。この技法は、熟練の職人にしかできない高度な技術であり、玉眼が使われている人形は、間違いなく高級品であることの証です。
2. 肌が「胡粉(ごふん)」で丁寧に塗られているか
顔や手足の肌の質感も確認しましょう。プラスチックのようなツルツルとした無機質な素材ではなく、貝殻(特に牡蠣)の殻を細かく砕いて作った白色顔料である「胡粉」が、何度も何度も塗り重ねられているかを見てください。胡粉仕上げの肌は、人間の肌のようなしっとりとした独特の温かみのある白さを持っています。長い年月を経ることで、表面に髪の毛のような細かなヒビ(ヘアラインクラック)が入っていることがありますが、それは劣化ではなく、天然素材である胡粉が使われている証拠であり、むしろ「時代を経た味」として評価されます。
有名作家の「共箱(ともばこ)」があれば価値は数倍に
人形が入っていた桐の木箱も、絶対に捨ててはいけません。特に、箱の蓋の裏側(蓋裏)や、箱の表面に、墨で作家の名前や屋号が書かれていないか確認してください。これは「共箱」と呼ばれ、その作品の作者を証明する、いわば保証書そのものです。
- 丸平(まるへい):京都に工房を構えた「丸平大木人形店」。近代人形の最高峰ブランドとして、その名は国内外に轟いています。「丸平」の箱書きがあるだけで、査定額は大きく跳ね上がります。
- 吉德(よしとく):「人形は顔がいのち」のキャッチフレーズで知られ、現在も続く老舗ですが、戦前に作られた「吉德」の作品は、現代の製品とは全く別格の価値を持つ骨董品として取引されます。
箱が汚れていたり、蓋を閉じるための紐が切れていたりしても全く問題ありません。その箱自体が、作品の価値を決定づける最も重要な要素の一つなのです。
髭(ひげ)が乱れていても、刀が折れていても、そのままで
古い武者人形は、髪の毛や髭に本物の人毛や高価な絹糸が使われていることがあります。何十年もの間、箱の中で保管されているうちに、髭がボサボサになっていたり、埃を被ってしまったりすることもあるでしょう。
しかし、綺麗にしようとしてご自身で櫛を通したり、濡れた布で拭いたりするのは厳禁です。古い毛髪は非常に脆く、少しの力で抜け落ちてしまいます。一度抜けると、元に戻すことは不可能です。また、顔を強く拭くと、貴重な胡粉の塗装が剥げてしまう危険性もあります。
持っている刀が折れていても、弓の弦が切れてしまっていても構いません。部品がいくつか足りなくなっていても、人形本体に十分な価値があります。下手に手を加えず、「出てきたままの状態」で査定に出すことが、価値を最大限に保つ秘訣です。
重たい木箱ごと、そのまま出張査定へお任せください
古い五月人形は、木箱だけでも相当な大きさと重さがあり、中身も非常に繊細なため、ご自身で店舗まで持ち運ぶのは非常に困難です。無理に動かそうとして、人形の首が折れたり、指が欠けたりしてしまっては、その価値を大きく損なうことになりかねません。
そんな時こそ、出張買取サービスをご利用ください。蔵や押し入れに入ったままの状態で結構です。私たちがご自宅までお伺いし、その場で箱書きを確認し、人形本体の作りを拝見して、丁寧に価値を鑑定します。
「有名なリサイクルショップで鎧兜は売れないと言われたから、この人形もきっとダメだろう」と諦めないでください。その埃を被って髭を蓄えた古い人形は、現代では再現不可能な技術で作られた、日本の誇るべき「宝物」かもしれません。

